牝馬ブーム

4歳の時、重賞レース6連勝で有馬記念2着が評価され最優秀4歳牝馬に選ばれ、最強牝馬の称号を手に入れたヒシアマゾン、5歳で迎えた有馬記念では人気馬ナリタブライアンを抑えての1番人気に支持されました。

しかし、スタートで出遅れた事とマヤノトップガンの大逃げ策に敗れ5着と完敗に終わってしまいました。負けてもまた調整し完全復活するなど、現役時代は強い牝馬の代表として活躍し、人気を誇っていた同馬も、6歳になると馬体の順調さを欠くようになり、春の安田記念では17頭中4番人気に推されたものの結果は10着と惨敗してしまいます。

この年1996年はエリザベス女王杯が古馬混合となった新しい年で、エリザベス女王杯=最強牝馬決定戦となった年でした。同馬が4歳で制したこのエリザベス女王杯、新しく生まれ変わったこのレースでは他の馬達には体験できない、ヒシアマゾンだけが体験できる別距離、別条件の中での2勝目を目指す戦いとなったのです。

順調ではなかったコンディションで臨んだこのレース、同馬の不調と衰えを心配していたファンの不安を逆手に取り、見事2着入賞を成し遂げたのですが、まさかの斜行による降着処分扱いになってしまいました。結果は2着から被害馬の着順である7着となり、同馬の再復活を望んでいた多くのファン達も肩を落とします。

その後の有馬記念でも復活は叶わず、5着に終わり、このレースを最後に引退する事となってしまいました。外国産馬には不遇とも言えた当時の時代背景の中で、今日の牝馬ブームの先駆けとも言える同馬の活躍、その圧倒的な追い込みの強さは現在でも多くの競馬ファンから歴代最強牝馬に名前を挙げられる存在となっています。

2011年9月13日

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