競馬関係者の認識
1970年にビクトリアカップが創設されたことで、牝馬にも三冠路線が確立します。その後多くの歳月が流れ、三冠最終戦の役割はエリザベス女王杯から秋華賞へと移りました。この間何頭もの名牝馬が三冠を目指して最終戦に挑みましたが、牝馬三冠を達成したのは、メジロラモーヌとスティルインラブとアパパネの3頭だけと非常に狭き門となっています。
しかし一方で牝馬の最終目標が牝馬三冠にあるかと言うと、競馬関係者の認識はそうでは無いようです。それは、強力な牝馬は牡馬クラシックへ出走するケースが散見されることや、年度代表馬に牝馬三冠を達成した馬が選ばれたことが無いという事実が示しています。
史上初の三冠牝馬であるメジロラモーヌは、三冠だけでは無く三冠のトライアルも全て制覇した名馬ですが、引退レースとなった初の古馬混合競争の有馬記念で2番人気に推されるも、9着に惨敗してしまいます。このレースは直線で急ブレーキをかけることになるなど、彼女にとって不本意な面もあったと思いますが、この敗戦で競走馬としての実力という意味でやや疑問符が付いたままとなってしまいました。
2頭目のスティルインラブも牝馬三冠を達成後は、獲得賞金と斤量の面から使えるレースが限られてしまったこともあり混合戦での惨敗を繰り返してしまいます。それでも5歳まで現役を続けますが、府中牝馬ステークスでの最下位17着が決めてとなり、3度目のエリザベス女王杯の挑戦を目前にして引退することになりました。引退後は、たった1頭の産駒を残しただけで早逝しており、古馬になってからの惨敗の影響が語られています。
2011年9月13日